「ググる」と「質問」と「2つの礼儀」

日記

質問力が大切だというのは、誰もが知っていると思う。哲学の世界でも「正しい答えを得るためには、正しい質問が必要だ」と言われる。

しかし、意外と知られていないのが、質問における「礼儀」だ。

私には質問するときの礼儀がある。

まずは、アナログ(=直接)なのか、デジタル(=メール、メッセージ)なのかが重要である。そして、アナログでも場面によって、礼儀が変わる。

基本的に、飲み会の場合は、ある程度「なんでもござれ」の精神でいる。なぜなら、質問自体が人間関係を深めるためのコミュニケーションになるからだ。会話が深まると、より楽しくなる。それにくわえて、非言語的な情報も多く読み取れるので、質問がすこし乱雑でもストレスがない。とはいえ、親密度だけは踏まえたうえで、質問をするようにしている。

しかし、アナログでも、仕事やセミナー等での質問は、デジタルの場合と基本的には変わらないと思っている。

さて、そのデジタルの場合だと、飲み会のようにはいかない。

「読む時間」と「返信する時間」がかかるからだ。

まず、相手にできるだけ時間を取らせないように「簡潔に書く」必要がある。それでいて、自分の知りたいことに答えてもらえるよう「誤解のない文章」にしなければならない。これが結構むずかしい。

さらにいえば、相手の時間を奪うという意味では、ネット検索でスグに分かるような表層的な質問は、絶対に避けるようにしている。そもそも、ネット検索するほうが、質問を送って返答をもらうまで待つよりも、何倍も早く自分の問題を解決できる。

ここで誤解のないようにしたいのだが、この気遣いは「親密度」による部分も大きい。

誰にでも同じようにしたほうがいいのだが、そうすると疲れてしまう。なので、私は1~3ヶ月に1回は絶対に会うような友達には、あまり気を遣わずにデジタルのやり取りをしている。とはいえ、個人的な質問以外は、基本的にすることがない。

正直にいえば、何も考えずにいるほうがラクだし、適当にメッセージを送って、その問題を解決してくれる人が他にいるなら、そんなに嬉しいことはない。

しかし、それは他人に自分の課題を押しつけるばかりか、相手の時間までも奪ってしまう失礼な行為だと思っているので、私はやらないように気を付けている。

私のすごく共感できた著書『バカとつき合うな』(西野亮廣・堀江貴文/徳間書店)には、こう書いてある。

「簡単に他人に電話をかけるという時点で、そいつは他人の時間を奪っていることに無自覚なバカということ」

さらに、会社員ほど他人の時間を奪うことに鈍感な人が多い、とも述べている。

私も会社員の頃より、フリーランスになってからのほうが時間を大切に考えるようになったので、よく理解できる。会社員は、始めから1日の3分の1以上の時間が、会社に奪われている。なので、奪われることにも奪うことにも鈍感になってしまうのだ。

私自身、ビジネスメールで、いわゆる定型文を使ってムダな長文を書いていたし、突然の電話を繰り返して、相手の時間を奪ってしまっていた。

それが、次第にプライベートでも当たり前になって、礼儀を欠いてしまうことが多くあったと思う。本当に、今では、とても反省している。

極論かもしれないが、自分で必死になって調べもしないようなことは「どうせ理解もできないし、実践もしない」と、私は思っている。つまり、どうでもいいことなのだ。

ただ好奇心を満たしたいだけなら、自分でネット検索するなり、本を買って読むなりすればいい。

「なんとなく気になったから聞いてみた」これはアナログなやり取りでは許容されるのだが、デジタルではとても失礼だ。何度も言うように、相手の時間を奪うからだ。

ピンとこない人に向けて、『バカとつき合うな』(西野亮廣・堀江貴文/徳間書店)には、こうも書いてある。

「ぼくに対して電話をかけることは全部、サラリーマンの休日の電話と同じなんです」

会社員の人は、休日に仕事の電話が入ったら、イヤな思いをすると思う。フリーランスであったり、起業家であったりする人たちからすれば、突然の電話というのは、そういうものなのだ。

つまり、質問を送ることも同じで、相手の時間を奪う行為だと理解しておく必要があると思っている。

以上が、私が普段から気をつけている質問の礼儀です。まだまだ考えの至らないところが多く、反省する毎日を送っているが、会社員の頃の自分と比べると、かなり成長できたなと思う。フリーランスである今、これを知りもしないで、あちこちに電話をかけまくっていると思うと、すこしゾッとする(笑)