常識のない人を嫌ってはいけない理由

日記

最近、「価値観」について調べていました。そこで、日本の女性によく見られた意見が、2つありました。

「常識がない人がキライ」
「相手の気持ちを考えられない人がキライ」

この2つです。置き換えてみると「常識がある人は素晴らしい」「相手の気持を考えられる人は素晴らしい」と受け取れます。しかし、それは偏った考え方だと、私は思ったのです。

「常識のない人がキライです」は、危険な思想です。

国、言語、主義、仕事、役職、立場など、いろいろな側面で常識は変化します。そして、明確な基準もありません。つまり、「ただの主観」にすぎません。あのアインシュタインも「常識とは18歳までに身につけた偏見のコレクションだ」という言葉を残しています。

つまりは、「常識にこだわる人」は「偏見の強い人」と見られかねません。

また「相手の気持ちを考えられない人がキライ」は、盛大なブーメランですよね。

そもそも人間は「複雑な生き物」です。簡単に考えていることがわかるのであれば苦労しません。むしろ、自分のことすらも、わかっているとは言い難い。超能力でもないかぎり、何も言わずに気持ちが伝わることはありません。

相手の気持を本当に考えているなら、大切なことは言葉にして伝える。それが「思いやり」です。自分の気持ちを理解してもらえないからと言って、一方的に「キライ」だと突き放すことのほうが「思いやり」のない人だと考えられます。

この2つの「価値観」は、恋愛でよく目にします。そう考えると「優しい人がいい」というのも似ている気がしますね。「優しさ」には明確な基準がありませんから「自分が求めていることを与えてくれる人が好き」と言い換えたほうが正しいように思います。

まとめてみると

【「常識のある人がいい」=「犯罪をしない真っ当な人」】
【「相手の気持を考えられる人」=「自分を優先してくれる人」】
【「優しい人」=「都合のいい人」】

と考えられますから、どれも「わざわざ」言う必要がない当たり前のことだとわかりますね。人間誰しも、自分に都合のいい人を求めていますし、自分を優先してほしいものですし、犯罪をおかすような人は、まっぴらごめんなわけです。

あえて言うメリットもありませんから、具体的な行動に置き換えて「〇〇をしてくれる人が好き」とポジティブに伝えたほうがよいでしょう。

たとえば「お店の人にもちゃんと挨拶する人はステキだと思います」「大切なことを話し合って決めてくれる人が好きです」「たまにはワガママを聞いてくれる人がいいな」などです。

ネガティブで偏った考え方は、ポジティブで柔軟な考え方に変えていけると、人間関係もうまくいって、気持ちもラクになりそうですね。